働いたら、負けだった。第4話

「仕事がない朝は、こんなに静かだ」

目覚ましは鳴らなかった。

というより、昨夜、もうセットしなかった。

目を開けたら、8時43分。

普段なら、通勤電車の中で押し潰されている時間だ。

けれど今日は、天井の木目をじっと見つめながら、ただ布団にいた。

もう会社に行かなくていい。

その事実を、ようやく身体が理解しはじめた。

安堵と、不安と、妙な虚無感が、すべてごちゃまぜになっていた。

起きて、カーテンを開ける。

光がまっすぐ差し込んできた。

平日午前の太陽は、こんなに白くてまぶしいのか。

ポストに新聞が入っていた。

いつもなら読まずにゴミ箱へ直行していたが、今日はなぜか手に取った。

天気欄を見て、つい笑ってしまう。

「晴れ」と書かれているだけで、今日が少し肯定された気がした。

ジャージ姿のまま、近所のスーパーへ行った。

高齢者ばかりだった。

会計待ちの列で、自分がその中にいることに、少しだけ居心地の悪さを感じた。

だけどその居心地の悪さが、“今まで自分がいた世界”との距離を教えてくれた。

家に戻り、ゆっくりとインスタントの味噌汁を作る。

椅子に座って、テレビの音をBGMにしながら、1杯の白飯をゆっくり食べる。

こんな朝を、最後にちゃんと味わったのはいつだったか。

思い出せなかった。

スマホには、誰からも通知は来ていなかった。

仕事のLINEも、社内チャットも、もう見る必要はない。

それだけで、心が5グラムくらい軽くなった気がする。

もちろん、まだ不安はある。

貯金は限られているし、次の仕事も決まっていない。

「これで本当によかったのか?」という問いが、頭の奥で何度も小さく響いている。

でも今は――

その問いに答えを出さなくてもいい気がしていた。

今日は、答えを出す日じゃない。

今日は、「生き延びた自分」にだけ、静かに拍手を送る日だ。

月曜日に電車に乗らなかっただけで、

俺はこんなにも“人間”に戻れた。


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