「仕事がない朝は、こんなに静かだ」
目覚ましは鳴らなかった。
というより、昨夜、もうセットしなかった。
目を開けたら、8時43分。
普段なら、通勤電車の中で押し潰されている時間だ。
けれど今日は、天井の木目をじっと見つめながら、ただ布団にいた。
もう会社に行かなくていい。
その事実を、ようやく身体が理解しはじめた。
安堵と、不安と、妙な虚無感が、すべてごちゃまぜになっていた。
起きて、カーテンを開ける。
光がまっすぐ差し込んできた。
平日午前の太陽は、こんなに白くてまぶしいのか。
ポストに新聞が入っていた。
いつもなら読まずにゴミ箱へ直行していたが、今日はなぜか手に取った。
天気欄を見て、つい笑ってしまう。
「晴れ」と書かれているだけで、今日が少し肯定された気がした。
ジャージ姿のまま、近所のスーパーへ行った。
高齢者ばかりだった。
会計待ちの列で、自分がその中にいることに、少しだけ居心地の悪さを感じた。
だけどその居心地の悪さが、“今まで自分がいた世界”との距離を教えてくれた。
家に戻り、ゆっくりとインスタントの味噌汁を作る。
椅子に座って、テレビの音をBGMにしながら、1杯の白飯をゆっくり食べる。
こんな朝を、最後にちゃんと味わったのはいつだったか。
思い出せなかった。
スマホには、誰からも通知は来ていなかった。
仕事のLINEも、社内チャットも、もう見る必要はない。
それだけで、心が5グラムくらい軽くなった気がする。
もちろん、まだ不安はある。
貯金は限られているし、次の仕事も決まっていない。
「これで本当によかったのか?」という問いが、頭の奥で何度も小さく響いている。
でも今は――
その問いに答えを出さなくてもいい気がしていた。
今日は、答えを出す日じゃない。
今日は、「生き延びた自分」にだけ、静かに拍手を送る日だ。
月曜日に電車に乗らなかっただけで、
俺はこんなにも“人間”に戻れた。
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