「面接で、嘘をつけなかった日」
駅のホームで、電車を待ちながらシャツの襟を直す。
緊張はしていない。
むしろ、何も感じていなかった。
感覚がどこか、薄まっていた。
面接なんて、もう10年以上前だ。
新卒のときは、嘘も希望もバンバン言えた。
「成長したいです」だの「御社の理念に共感しました」だの。
でも今は――言えない。
もう、そんなテンプレートで生きられる年齢じゃない。
今日の面接先は、都内の中小IT企業。
未経験でも歓迎、30代OK、書類通過率90%。
正直、ハードルが低いから選んだ。
受付のソファで待っている間、履歴書を見返す。
つい数日前まで真っ白だった紙。
文字で埋めたが、どこか“他人”の経歴のように見える。
やがて会議室に呼ばれ、面接が始まった。
面接官は40代くらいの男性。
物腰は柔らかい。
机の上に置かれた履歴書に目を落としながら、開口一番にこう聞いた。
「では、前職を辞めた理由からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
きた。
想定通りだ。
準備した答えもある。
「ステップアップのために……」
――と、口に出す直前、言葉が詰まった。
「ステップアップ」なんて、思ってない。
俺はただ、“もう無理だった”だけだ。
沈黙。
ほんの3秒だったが、自分には永遠のように感じた。
「……すみません。正直に言うと、燃え尽きてました」
面接官が顔を上げた。
目が合う。
「朝、会社に行くのが怖くて。
業務というより、人間関係にずっと疲れていて……
辞めた後もしばらく、履歴書を開けませんでした。
でも、そろそろ前に進まないとって思って。
それで、今日ここに来ました」
言いながら、自分でも驚いた。
こんなに素直に話せるとは思っていなかった。
嘘がつけなかっただけかもしれない。
けれど、どこかで「嘘をつきたくない」と思っていたのかもしれない。
面接官は、少しだけうなずいて、静かに言った。
「そういう話、意外と多いですよ。みんな限界ギリギリで働いてますから」
ああ、この人も分かってるんだ――そう思った。
「まだ働く覚悟、完全にはできてないかもしれませんけど」
「はい。でも、それでも……前よりは、ちゃんと準備してきました」
「それだけで十分です」
この面接が通るかどうかは、正直わからない。
でも、今日は“戦えた”。
会社じゃなくて、自分自身と。
会議室を出た瞬間、ふと気づいた。
俺は、さっきより少しだけ背筋が伸びていた。
嘘をつけなかった自分を、
責めるのはもう、やめようと思った。
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