働いたら、負けだった。第7話

「面接で、嘘をつけなかった日」

駅のホームで、電車を待ちながらシャツの襟を直す。

緊張はしていない。

むしろ、何も感じていなかった。

感覚がどこか、薄まっていた。

面接なんて、もう10年以上前だ。

新卒のときは、嘘も希望もバンバン言えた。

「成長したいです」だの「御社の理念に共感しました」だの。

でも今は――言えない。

もう、そんなテンプレートで生きられる年齢じゃない。

今日の面接先は、都内の中小IT企業。

未経験でも歓迎、30代OK、書類通過率90%。

正直、ハードルが低いから選んだ。

受付のソファで待っている間、履歴書を見返す。

つい数日前まで真っ白だった紙。

文字で埋めたが、どこか“他人”の経歴のように見える。

やがて会議室に呼ばれ、面接が始まった。

面接官は40代くらいの男性。

物腰は柔らかい。

机の上に置かれた履歴書に目を落としながら、開口一番にこう聞いた。

「では、前職を辞めた理由からお伺いしてもよろしいでしょうか?」

きた。

想定通りだ。

準備した答えもある。

「ステップアップのために……」

――と、口に出す直前、言葉が詰まった。

「ステップアップ」なんて、思ってない。

俺はただ、“もう無理だった”だけだ。

沈黙。

ほんの3秒だったが、自分には永遠のように感じた。

「……すみません。正直に言うと、燃え尽きてました」

面接官が顔を上げた。

目が合う。

「朝、会社に行くのが怖くて。

業務というより、人間関係にずっと疲れていて……

辞めた後もしばらく、履歴書を開けませんでした。

でも、そろそろ前に進まないとって思って。

それで、今日ここに来ました」

言いながら、自分でも驚いた。

こんなに素直に話せるとは思っていなかった。

嘘がつけなかっただけかもしれない。

けれど、どこかで「嘘をつきたくない」と思っていたのかもしれない。

面接官は、少しだけうなずいて、静かに言った。

「そういう話、意外と多いですよ。みんな限界ギリギリで働いてますから」

ああ、この人も分かってるんだ――そう思った。

「まだ働く覚悟、完全にはできてないかもしれませんけど」

「はい。でも、それでも……前よりは、ちゃんと準備してきました」

「それだけで十分です」

この面接が通るかどうかは、正直わからない。

でも、今日は“戦えた”。

会社じゃなくて、自分自身と。

会議室を出た瞬間、ふと気づいた。

俺は、さっきより少しだけ背筋が伸びていた。

嘘をつけなかった自分を、

責めるのはもう、やめようと思った。


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