働いたら、負けだった。第8話

「働かなくても、負けじゃなかった」

面接の結果は、不採用だった。

理由は書かれていなかったが、なんとなくわかっていた。

「まだどこか、社会人じゃなかったのかもしれないな」

ひとりごとのように呟きながら、家のベランダに出る。

12月の空気が冷たい。

風は弱く、音はない。

空は、雲ひとつなく晴れていた。

コーヒーを淹れ、ジャージのまま座る。

平日の朝10時。

この時間に働いていないと、なぜか世界に取り残されたような気がしていた。

でも今日は、少しだけ違った。

この静けさを“罰”だとは思わなかった。

スマホを開く。

何気なくYouTubeで見た、ある個人配信者の動画が再生される。

「週3で働いて、あとはずっとゲームしてます」

「年収300万。でも、心はめっちゃ健康です」

かつての自分なら、軽く笑って流していたと思う。

でも、今はその言葉が、どこか誇らしく聞こえた。

“働く”って、なんだ?

会社に行くこと?

満員電車に乗ること?

上司に怒られても飲み込むこと?

数字を出して、評価されること?

それらを否定するつもりはない。

でも、自分はもう、それだけでは立っていられなかった。

働くとは、“誰かの期待に応えること”ではなく、

“自分で選ぶこと”でもあるのかもしれない。

その日の午後、短期の在宅バイトに応募してみた。

簡単な文字起こしの仕事。

時給はよくない。

でも、誰にも怒鳴られない。

何かを「証明」しなくてもいい。

少しだけ“自分の時間”で、誰かの役に立つ。

それが、今の自分にはちょうどよかった。

夜、味噌汁を作りながらふと思う。

辞めてよかった。

たぶん、ギリギリだった。

辞めなければ、もっと壊れていた。

「勝ち」なんて言葉とは、ずっと無縁のままだ。

でも、今日一日を無事に過ごせた自分を、

少しだけ「よくやった」と思えた。

働かなくても、負けじゃなかった。

生きているだけで、今日はちゃんと“勝ってる”。


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